カテゴリ:1970( 9 )

柳生一族の陰謀

d0105153_182560.jpg これ、傑作です。善と悪、生と死、愛と憎、真と偽など相反するものが渾然一体となって押し寄せるうねりは迫力満点。

 ストーリーは、徳川三代将軍の座を巡り、二代将軍秀忠の長男 家光を推す勢力と、次男 忠長を推す勢力との争いが表面化するところからはじまる。さらに幕府内の抗争に加え、幕府失墜のチャンスを狙う公家達も策略を練る。家光派(家光はこの映画では完全無欠のバカ殿)の柳生但馬守宗矩は、息子の十兵衛を使って策略を遂行する。しかし父親に利用されたことを知ったの十兵衛は…。

 う〜む、時代劇だからこそ描ける世界観、そして萬屋錦之介、千葉真一、松方弘樹、成田三樹夫、三船敏郎、金子信雄など大物・くせ者が集結したキャストは必見! こんな濃ゆい世界はそうそう見られません。
 萬屋センセの歌舞伎調のセリフまわしは正直‘どうなの?’という思いが過ぎらないわけではないが、これもセンセのスケールのデカさだと思って我慢すべし。(きっと深作監督、大変だったろうなぁ…)

 それと、千葉真一のカッコいいこと! 本作といい、『魔界転生』といい、ハマり過ぎ。柳生十兵衛はこの人以外は演じてはダメ。
 深作&チバシン コンビでもっと柳生十兵衛モノつくってほしかったなあ。
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by ichio1970 | 2008-10-15 18:02 | 1970

バニシング・ポイント

d0105153_19411139.jpg デンバーからカリフォルニアまで15時間で走れるか? このまるっきりガキんちょなワンアイデアを1本の映画にしてしまったのがこの『バニシング・ポイント』。
 アメリカン・ニュー・シネマの代表作と称される本作。確かに舞台の設定はモロそんな感じだけれど、ただクルマをカッ飛ばし、カーチェイスで白バイやパトカーがクルクル横転するだけのバカ映画として観た方が断然オモシロイ。
 だって、あの人をおちょくったようなラスト、あれはどう考えても“やっつけ仕事”でしょ。実際、監督のリチャード・C・サラフィアンは後に「映画会社にニュー・シネマ風に撮ってくれと強要された」と文句を言っているらしい。
 ただ、過激(単なるヤケクソだと思いますが)とも言える『イージー・ライター』を超える(単なるパクリという気もしますが)あまりに唐突なラストが、バカ映画としての価値も上げていることは確か。
 それに、カーチェイスで事故った警官をいちいち心配そうに見に行く主人公 コワルスキーのキュートな姿は「どこが反体制やねん!」と突っ込まずにはいられない。これも監督の皮肉だったに違いない。

 ストーリーはさっき書いたことがすべて。
 途中から盲目のDJ スーパーソウルが警察無線を盗聴してラジオ番組でリアル情報を流し、まわりが勝手に盛り上がるところなんかは今のネット文化に通じる。最後の最後に野次馬がシラ〜とした顔をして、散り散りに帰っていくとこなんかはリアル。
 CG一切なしの無添加カーアクションは、たいしたことをしてなくてもやはり迫力がある。でも、この作品の最大の魅力は、どのシーンも構図がビシッときまっていること。こういうカッコ良さって、今の映画にはない。
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by ichio1970 | 2008-09-30 19:41 | 1970

ホーリー・マウンテン

d0105153_1428126.jpg キング・オブ・奇才、アレハンドロ・ホドロフスキーによるヘニョヘニョでグニョグニョな濃厚世界。
 聖典やコーラン、仏典、さまざまな民俗(族)学への問題意識がベースになっている異色の社会派作品!と言いたいところだが、主人公である救世主がTバックを履かされて市中引き回しにされたり、肛門丸出しでゴシゴシ洗われたり、ウンコを燃やしたカプセルに閉じこめられたりするシーンを延々見せられると、小難しい問題意識なんてどうでもよくなってくる。
 はっきりいって何が言いたいのか分からない。でも、ホドロフスキーがつくり出した強烈な映像とそこから生まれるイメージは意識の奥深くに染み込んで、ちょっとやそっとでは忘れられなくなる。
 グロいシーンの連発で途中から疲れてくるが、ラストシーンを見ると妙にスッキリした気分になる。
 ホドロフスキーが本作の後撮った作品は『サンタ・サングレ 聖なる血』のみ。まぁこんな作品をつくってしまったら、他につくりたいものなんかなくなってしまうような気がする。

 ところでホドロフスキーはこの作品の後、大作『砂の惑星』のメガフォンをとることになったのだが、結局プロデューサーとモメて降板。最後に「オレ様を誰だと思ってるんだ、ホドロフスキー様だぞ!!」と吐き捨てて姿を消したとか。彼の後監督をまかされたデヴィッド・リンチは四苦八苦しながらも無事完成させた。オトナである。
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by ichio1970 | 2008-04-09 14:28 | 1970

ワイルド・パーティー

d0105153_1124633.jpg 青春、音楽、エロ、サイコ、サスペンスなど、さまざまな映画のエッセンスをこれでもかいうくらい盛り込んだ、奇才ラス・メイヤーによるオール・イン・ワンな作品。
 ひとつひとつの要素は明らかに落第点(というか滅茶苦茶)なのに、そんなことお構いなしに‘うりゃ〜’とブチ込んだら傑作になったのはラス・メイヤーの才能なのか単なる偶然なのか、それは謎。
 しかし、ヒロインが登場する女の子の中でいちばんのブサイクで、セックスしまくり、おまけに意味のないシーンで見たくもないオッパイを出すのは明らかに狙い。要するにデカパイが出ていれば万事OKというワケ。
 とはいっても画のセンスと編集技術はさすが。決めのカットは逐一カッコいいし、ラストの追跡シーンは迂闊にもハラハラしてしまう。
 Zマンの正体が明らかになった時など驚きを超えて、ポッカ〜ンです。

 それにしても何でこんな映画を20世紀フォックスが配給したのか、それが最大の謎。
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by ichio1970 | 2008-01-16 11:25 | 1970

燃えよ ドラゴン

d0105153_21161517.jpg ブルース・リーの名を世界中に知らしめたクンフー映画の傑作。
この作品が日本で公開された時、ブルース・リーはすでに亡き人となっており、彼はいきなり伝説の人となる。
 リーは撮影中すでに病におかされており、カラダの線が細くなっているもののアクションのキレは冴えまくり。しかし、敵役と脇役が見劣りするため、格闘シーンに物足りなさを感じるのも確か。ボスキャラのハンなんて単なるオッチャン。
 ただ、そのことがリーの超人ぶりを際だたせるという、思わぬ効果が出ていたりする。また、ハリウッドのB級監督 ロバート・クローズの頑張りやラロ・シフリンの音楽の効果もあり、迫力あるバトルシーンに仕上げている。
 ストーリーや設定はツッコミどころ満載だが、そんなものは完全無視して、ブルース・リーのアクションと表情を見て泣くのがこの作品の正しい鑑賞法。
DON'T THINK, FEE〜L!!
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by ichio1970 | 2007-07-27 21:16 | 1970

地獄の黙示録

d0105153_1759556.jpg 完全に壊れた映画。戦争の狂気ではなく、この映画に携わった人たちの狂気がフィルムに刷り込まれたスペクタクル巨編。
 ジョン・ミリアスによる脚本の初稿は、ジャングルで帝国を作り上げたカーツ大佐をウィラード大尉がドンパチの末退治してめでたしめでたしという、戦争バンザイな冒険活劇だった。それに何か意味深なテイストを出してみたいと思ったのがコッポラの悲劇のはじまり。
 相次ぐキャストの変更。決まったキャストはみんなヘベレケ状態。(マーチン・シーンは過酷な環境のせいで心臓発作であわやあっちの世界へ。デニス・ホッパーはドラッグであっちの世界へ逃避行。マーロン・ブランドはみんながアッと驚く肥満ぶりを披露したと思ったら、脚本を無視して意味不明な言葉であっちの世界と交信)
 さらに相次ぐトラブル、決まらないストーリー、予算オーバー、映画会社からのプレッシャーなどにより、コッポラ自身がオーバーヒート。そして、「私が死んだらミリアスが、ミリアスが死んだらルーカスがこの作品を完成させなければならない」という有名なセリフを吐く。その意気込みには拍手をおくりたいが、言われた人は迷惑極まりない。

 この作品の魅力はストーリーでも戦闘シーンでもなく、小型ボートで川を遡りつづけ、次第にグニャグニャと歪みはじめる時間感覚。そして奇妙なエピソードやキャラクターが花を添え、ここがどこで、いつから映画を観ているのか分からなくなる。(作品のつくりもドアーズの「ジ・エンド」からはじまり、タイトル表示で終わるという歪みっぷり)
 これは作品はコッポラのいい加減さと脳天気さが生んだ偶然の傑作。
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by ichio1970 | 2007-07-06 17:58 | 1970

ゾンビ

d0105153_19292171.jpg ゾンビ映画は数あれど、公開されて30年経つ今もキング・オブ・ゾンビムービーの座に輝きつづける名実共にバケモン映画。

 この作品はメディアなどで、消費社会の強烈な批判だと評価されているが、そんなことは二の次。確かにロメロ監督もそういう意識は持っていただろうが、もっと感覚的に撮っていたはず。だから観る方も余計なことは考えず、感覚的に観るのが正解。
 小難しい理屈は、多分インタビューなどで難しそうなことを言ったら受けが良く、繰り返し話していたら、どんどん広まってしまったのだろう。そのせいでロメロのゾンビ最新作『ランド・オブ・ザ・デッド』は、社会的なメッセージを入れなければという思いが強すぎて、すごく構図的なつくりになってしまっている。

 さて、この作品を特別なものにしているのは、生きのびた人間がショッピングモールに立てこもるという設定と、モールの間取りが観てるこっちにも分かる演出の巧みさだろう。
 誰もいない巨大なモールで暮らすというのは誰もが一度は夢想すること。だから、悲惨な状況を描いているにも関わらず、何だかワクワクする。閉鎖された空間ですべてが満たされ、ダラダラと過ごす時間の何と魅力的なこと!
 そして、モールのつくりが把握できるため、ゾンビや人間の動き一つひとつに意味と緊張感が出てくる。この面白味はリメイク版『ドーン・オブ・ザ・デッド』にはなかった。

 今観るとかなりユルいところもあるが、オリジナル ゾンビのヌタヌタ感をまったく色あせていない。
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by ichio1970 | 2007-04-04 19:29 | 1970

犬神家の一族

d0105153_1919299.jpg ビザールな世界を語るうえで、やはり『犬神家の一族』は欠かせない。
 この作品には猟奇的殺人事件という設定を借りて、血の恐怖、スモールタウンの恐怖、森の恐怖など、さまざまな恐怖が盛り込まれている。そして、これらをおどろおどろしく描くのではなく、あくまで美しく、要所要所にスケキヨ、V字死体、岸田今日子など、こけおどし的な要素を織り込むことで唯一無二の世界をつくりあげている。
 また、戦後の混乱や親族間のドロドロした争い、屋敷の暗く冷え込んだ空気感と爽やかな那須の風景との対比がこの上ない効果をあげている。
 役者陣も主演の金田一役の石坂浩二から猿蔵役の寺田稔まで登場時間に関わらずそれぞれが素晴らしいインパクトを残している。

 物語としては、真犯人が自殺をするというとことん後味の悪い結果であるにも関わらず、見終わったあと不思議と青春映画を見たような爽やかな気分になるところがこの作品を凄いところ。
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by ichio1970 | 2007-03-09 19:19 | 1970

ノスフェラトゥ

d0105153_233431100.jpg ヴェルナー・ヘルツォーク & クラウス・キンスキーの変人コンビが唯一無ニのドラキュラ像をつくり上げたゴシックホラー。オリジナルは20年代にF.W.ムルナウによって撮られた『吸血鬼ノスフェラトゥ』。
 本編に行く前にまず、ポポル・ヴーによる不気味な曲をバックにミイラが映し出されるオープニングで異境の世界に連れて行かれる。何の説明もないこの映像だけで、ヨーロッパ深部に眠る呪われた歴史が呼び起こされるのがヒシヒシと伝わってくる。

 ドラキュラ伯爵は家を売りに遠路はるばるやって来たジョナサンの妻ルーシーを見て一目惚れ。彼はジョナサンの血を吸ったあと、ルーシーを求め城を出たため、ヨーロッパ全土にベストが大蔓延。そしてジョナサンは妻を守るために命からがら町に戻るが…。

 ここでのドラキュラは、ハマー映画が作り上げた‘黒マントの紳士ドラキュラ伯爵’とはほど遠い、病的で醜い初老の男。彼が寂れた古城に佇む姿、ペストで荒れ果てた町を彷徨う姿、イザベル・アジャーニ演じるルーシーを息を呑んで見つめる姿、どれもが不気味で哀しく、そして美しい。
 この静かで深みのある退廃美はヨーロッパ人でないと絶対に描けない。
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by ichio1970 | 2007-02-19 23:35 | 1970